ブリコンマニアの皆様ご機嫌よう。オオゴミカラトンボ(大害虫)である。
ブリコン一種解説などというトンチキなことを初めて気でも狂ったか?と思われたであろうが、私は至って正常である。
その真意は、驚くべきことにピラカンジューバの入荷があったためである。ピラカンジューバ、またはピラピタンガと呼ばれるBrycon orbignyanus (この読み方がよくわからない。オルビグニアヌスでいいのだろうか…)は、これまでにピラカンジューバとして流通したことは一度もない。確認できる限りではなかがわ水遊園の個体と、2010年にパラナ川産ピラプタンガとして入荷したのが確認できる1匹のみであり、ほとんど流通はしていないと思われる。つまり、大変貴重なブリコンなのである。
本種はその魅力の割に知名度が低い。そこで今回はピラプタンガの陰に隠れてメジャーになれない本種の魅力を、最大限に伝えていきたい。たかがレッドフィンブリコンに10万はね…ではなく、ピラカンジューバが10万で買えるなんて!!と言わせたい。
まず、実物を見ないことには始まらないということで、ピラカンジューバの画像を以下に示す。


私の撮影技術の低さにより、陰になって本来の色彩がボヤけてしまってはいるが、この画像からでも十分に本種の特徴が見てとれる。まず、ニュータイガードラド類のように尖ってツンと反った小顔、大型ブリコンらしい分厚い体、そして体に対して大きく、垂直な先端を持つ赤い尾鰭である。これらは本種の最大の特徴と言って良いだろう。
さらに追記するとすれば、白銀の体色が挙げられる。いわゆる尾鰭のみが赤い赤ブリタイプのブリコンでは、モーレイの背中やピラプタンガの体など、黄色味を帯びるものが多く、他の種も似たり寄ったりな黄色味の燻し銀と言った感じである。そんな中で本種はシルバードラド類の如き白銀の輝きを持ち、尾鰭の赤がモーレイのダークレッドやピラプタンガの朱色とも異なる紅色味の赤であることも相まって、一見アイシャドードラドのヒラリー(本物、ドラドのお話①参照)を思わせる一味も二味も異なるブリコンなのである。
ではここで、より魚類学的な観点からピラカンジューバを見ていこう。
前回も引用させていただいた A revision of the cis-andean species of the genus Brycon Müller & Troschel(Characiformes: Characidae) FLÁVIO C.T. LIMA は、アンデス以東のブリコンに関する最も新しく最も新しい総説論文である。今回も本論文をベースに見ていこう。
まず本種の分布だが、本来はパラナ水系とウルグアイ水系に分布していた。アルゼンチン北部まで分布する本種はブリコン最南端の種でもある。しかし、パラグアイ川にはピラプタンガのみが生息し、パラグアイ盆地で本種は見られないという。そのため、分布境界付近ではピラプタンガの方言であるピラピタンガが本種の名前となっている。しかし、では今これらの水系に行けばピラカンジューバに出会えるかといえば、実はほとんど出会えないと言って良いだろう。そう、ダム開発によってパラナ川ではポルト・プリマベーラ・ダムとイタイプ・ダムの間の氾濫原を除き野生個体はほぼ絶滅状態であり、ウルグアイ川でもかなり数を減らしている。 浸水林や氾濫原、森の中の小川、下流域まで、600キロ以上もの回遊が確認されている本種にとって、ダムによる河川の分断は非常に深刻な問題なのである。
しかし、一方で狙って出会うことが簡単なブリコンの一つでもあるのだ。それは、本種が漁業や釣りのターゲットとして非常に重要であり、ブリコン属としては早期から養殖技術が確立されていた種であるためだ。80センチ近いブリコン属最大級の種であり尾鰭も大きな本種はおそらく強い引きがあるため、スポーツフィッシングでの人気もあるのだろう。本種は管理釣り堀でも釣れるようだ。今回奇跡的に輸入された個体も、もちろんこのブリード個体であるそうだ。
本種には生態的にも面白い点がある。そもそもブリコン属は基本的に前歯が大きく、その他の歯は非常に小さいのであるが、本種は前歯から奥歯にかけて徐々に小さくなっていくという奇妙な歯列を示す。さらに、口は比較的小さいのに対して頭はニュータイガードラドのように細く尖っているという奇妙な体のバランスを持つ。これは、おそらく本種の示す強い草食性への適応だろう。本種の個体数がまだ多かった時代の解剖による調査で、幼魚は小魚や昆虫も捕食しているようだが、成魚はほとんど木の葉、水草、果実のみを食べるコロソマ的な生態を持つことが明らかとなっている。600キロを移動する本種はアマゾン水系におけるレッドコロソマのように、パラナ水系の湿性植物の種子散布者として大きな役割を果たしていたのだろう。今後植生に与える影響が心配される。強い草食性は混泳においても有意義である可能性もあり、口に入る魚から入らない魚まで噛み殺す大型ブリコンが多い中で、比較的おとなしい可能性はある。しかし、草食魚には特有の縄張り意識の強さを見せるものも多いので、今後の観察が必要である。
次に本種の同定のキーである。まず赤ブリ色なので、シルバードラド風の体色をもつファルカタスやアマゾニカス、ゴールディンギやメラノプテルスとは区別できる。そして体型からアルブルヌスに代表されるニュータイガー系や、スピンドルドラードことポリレピスとは区別できる。そもそも南米大陸南部に彼らは居ないのだが。尖った頭が一見似ているモーレイもコロンビアを中心とした北方種のため、産地がわかればまず間違わない。しかし、レッドフィンブリコンとの違いがわからない!という方もいるであろうから、一応幼魚における違いを書いておく。
以下に示すのはコロンビアの赤ブリことモーレイ幼魚の写真と、尾鰭の模式図である。なお、左上はアマゾニカスなので無視してほしい。


そして、次に示すのはピラプタンガとピラカンジューバの幼魚である。ピラプタンガの幼魚の画像をあいにく私は持っていなかったため、ご提供いただいた。大変ありがとうございます。

ピラプタンガ

ピラカンジューバ
まず、尾鰭の黒帯に注目してほしい。黒帯が先細りせず、尾鰭先端に対して垂直な黒一文字となるのが、ピラプタンガとピラカンジューバの特徴である。対してモーレイは黒が先細りする。ピラプタンガとピラカンジューバの違いであるが、ピラプタンガは丸みを帯びた愛嬌のある顔つきをしており、黒帯が体の真ん中付近まで薄く伸長するので容易に見分けがつく。
最後に、本種の魅力をまとめていこう。高画質な若魚の動画を見つけたので貼っておく。
https://youtu.be/7uPg_sune2c?si=VC9wvSEr4K9nQG1G
まず、顔まで白銀のギラギラとした体色と紅色の大きく半月型の尾鰭、太くはっきりとした真っ直ぐな黒帯、小さく尖った厳つい顔つき、大型魚混泳に入れても見劣りしない巨体、ユニークな食性と、ドラードの偽物の偽物、なんてとても言えない非常に魅力あふれるブリコンである。
そんな本種は、今回、アクアリュウム ペスカドールにのみ入荷している。https://pescador.shop/project/
ブリコンはすぐに大きくなるため、発送のリスクは日々高くなっていく。興味を持たれた方はお早めの購入をおすすめしたい。もちろん可能な方は店舗に行って気に入った個体を選び抜くのが1番だ。あなたの水槽でも、パラナ川のプラチナの輝きを磨き上げてほしい。
これは余談であるが、本種はアナカリスと分布が大きく重なる。水草を餌として好む本種の水槽に餌兼レイアウトとして入れれば、生息地の趣が出せるかもしれない。アナカリスにもはや南米南部の趣を感じられる人がいるのか、という話ではあるが。