大塵塩蔵雑記帳

異常者大害虫の備忘録

ブリコンのお話⑤〜ホロブリコンsp.ペルーを同定する〜

中型カラシンマニアの皆様、一段と冷え込みが激しい今日この頃、いかがお過ごしだろうか?

さて、今回は皆さんお馴染み(?)ホロブリコンsp.ペルーについて。

先に言っておくと、今回はブリコンの解剖画像がある。まあ基本的に骨と歯だけなので別に血だの臓物だのは出てこないが、魚も捌けぬ心優しき方も世の中には居られるようだから、念の為に忠告しておく。

まず、ホロブリコンとはなんぞや、というところから話を進める。結論を先に申すが、現在ホロブリコンという属は無い。ホロブリコンは現に流通してるだろ!と言われそうだが、それを言うならばすでにトリゴノスティグマに移ったエスペイもトリゴノポマに移ったキンセンラスボラもラスボラで流通しているではないか。カタカナになった時点でもう学名ではなく、流通名なのだ。そこに、命名規約も魚類学も入り込む先はない,仕方のない話だ。

そもそも、ホロブリコンにはペスとイクイテンシスという2種が記載されていた。で、ホロブリコンはどこにいったのかといえば、ペスの方はブリコンに内包された。系統的位置としては、ニュータイガードラド類といわゆるブリコン類の間と言った感じで、まあブリコンに含まれて当然と言ったところだ。

一方、イクイテンシスの方が少し複雑で、タイプ標本はひとまずヒラリードラドの幼魚とされ、長いことそのままであった。しかし、近年アイシャドードラドに未記載の2種が含まれることが判明し、その記載の過程で、ホロブリコン イクイテンシスのタイプ標本とされていたものが実はその一方の種の最古の標本であったことが判明した。学名には先取権というものがあり、基本的に先についた学名が優先される。新種のドラドはすでにホロブリコンとして記載されていたので、属の変更という形でイクイテンシスが復活し、結果的にオリノコのアイシャドードラドの種小名としてイクイテンシスは残る形となった。

ドラドの新種であったイクイテンシスは前回の記事で語ったので、今回は無視することとし、ペスの方について話を進めよう。

ペスは南米の多くの水系に分布する最大15センチ程度の最小のブリコンであり、水面で群れをなし主に昆虫を食べるイワナのような食性であるようだ。このペス、実は体色や体の長さにかなりの地域差があり、ペス種複合体(ごく近縁な種の複合体)として扱われているのが現状である。おいおい各水系のものが別種として記載されていくことを信じ、それを待つしかないようだ。 

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この画像は、元記載に近しい姿をした典型的なペスだ。脂ビレは透明で尾鰭の上葉下葉先端に黒い模様が入るのが特徴である。腹ビレは青いものと赤いものが見られるが、これは一説には水深によって異なるとされるもので、野生下でも相互交配がごく普通に起こるため遺伝的なものでは無いようだ。実際、赤いものを買ってきても青くなった経験が私にもある。

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そしてこれが、問題のsp.ペルー。実は海外サイトではこのタイプもペスとして扱うところが複数見られる。一方でアフリカンパイクカラシンのような細かい筋の入る尾鰭や真っ黒で丸い脂ビレなど、先程のペスとは十分に異なる特徴を示している。

そこで,今回この魚のできる限りの同定を試みた。幸いなことに(幸いか?)、飛び出しや病気で死んだホロブリコンだのブリコンだのが冷凍庫にいくつかあったので、これらの標本を用いた正確な検討が可能だった。

彼らの犠牲に感謝を示そう。実験動物をサクリファイスしたと書かなければ査読も通らないような現代においては(もちろんそうでなくても大切ですよ…)大切なことだ。

参考文献としては、現在最も新しく最も詳しいニュータイガードラド類を除くアマゾン盆地のブリコンの検索表を含む

A revision of the cis-andean species of the genus Brycon Müller & Troschel(Characiformes: Characidae)
FLÁVIO C.T. LIMA
Museu de Zoologia da Universidade Estadual de Campinas “Adão José Cardoso”, Caixa Postal 6109, 13083-863,
Campinas, São Paulo, Brazil.

の全文を著者より頂くことができたため、こちらを使用した。ご厚意に大変感謝する。

さて、そもそも最初に彼らは本当にブリコンなのだろうか。これは確認するまでもない気がするが、実際に過去にブリコン近縁属(内包されるという説もあるが…)であるキロブリコンとして輸入された魚が、無関係なデウテロドン属のカラシンであった事例がある。そこで、まずはブリコン属の同定形質から再確認を兼ねて見ていく。今回使用した標本は、コロンビア産のブリコン モーレイ、記載通りの外見のペス、そしてsp.ペルーである。

 

さて、ブリコン属の同定形質であるが、意外にも歯なのである。多くのカラシン類は上顎に二列の歯を持つのだが、ブリコン属、トリポルテウス属(エロンケートハチェット)など一部のカラシンは三列の歯をもつ。トリポルテウスは腹部が張り出すため簡単に識別できるため、ブリコンらしい見た目に三列の歯を持つなら基本的にブリコンとみなして良いだろう。

では、まず間違いなくブリコンであるモーレイを確認してみよう。前の一列と1番内側の一列の間に、左右二対の歯があるのがお分かりであろうか。典型的なブリコンの歯列である。

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次にペスを見てみよう。色が薄くて見えにくいが、モーレイと同じ真ん中の二対があるのがわかる。紛うことなきブリコンである。
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さて、sp. ペルーである。こちらもよく見えない上、標本の状態が悪くモーレイ色になっているが、sp. ペルーである。こちらもよく見ると、歯が三列並んでいるのがわかる。とりあえずブリコンではあるようだ。
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(余談)

ここまで読んでいるあなたは相当な物好きだと思うのだが、物好きついでに。手元に30センチ越えのブリコンの死体(実は生きててもうまく保定して口を開ければ見えるのだが、噛まれると流血するので…)があって確認したくなった異常者の方へ。特にメラノプテルスやアマゾニカスの場合、おそらく歯は二列しかないと思われる。この特徴から彼らはじつはMegalobryconという別属で記載されたことがある。結局、老化して歯抜けになった(悪口)ブリコンということでブリコン属にまとめられたのだが、一部の大型種は大型化すると歯が抜けることも覚えておいてもいいかもしれない。

(余談終わり)

 

ところで、sp. ペルーなのだがペルーのどこから来ているのか不明なため、もしアンデスの西側から来ていた場合この検索表の範囲外である。しかし、アンデスの西のブリコンはほとんどがニュータイガータイプなので小さいながらもブリコン体型のホロブリコンは検索表の範囲内と見なすこととする。さて、検索表を見ると、最初は泉門の有無から始まる。泉門が閉じているのがペスで、開いていればその他のブリコンという、ペスのキーとなる形質だ。泉門とは、頭蓋骨の左右の縫合線の間にある隙間である。

ではまずモーレイから。白く軟組織で埋まった泉門が見られる。モーレイはペスではない。当然だ。

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次にペスである。ぼやけているが、縫合線がピッタリ閉じているのが見える。ペスはやはりペスであった。
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そして問題のsp. ペルーである。縫合線がピッタリ閉じている。そう、検索表だとペスに落ちるのだ。
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ところで泉門は人間でも新生児には見られる。ならば成長で変わるんじゃないか?(開いてるけど)という疑り深い方のためにホロブリコンサイズのモーレイも貼っておく。飛び出して干からびたものを水で戻したもののため、軟組織がなくなっているが、はっきりと開いた泉門がみられる。幼魚でも泉門ははっきり開いてるのだ。

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と、いうことで、sp. ペルーは検索表ではペスに落ちるがペスと特徴が異なる、つまりペス種群ということである。なんとも釈然としない結論だが、とりあえずBrycon aff. pesuとしておくのが最善だろう。記載を待とう。

 

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なお、モーレイはチッカジーニャの末美味しくいただいた。淡白な白身だった。感謝

ほな、さいなら…